普遍的宗教性という考え方~宗教間協力に向けて~

普遍的=広く行き渡るさま。極めて多くの物事にあてはまるさま。

宗教性=人間が持っている宗教に関係する感情や性質。また、宗教が有する独自の性質。

 

普遍的宗教性=ほぼ全ての人、宗教に共通する宗教性。解決困難(不可能)な問題に対する対処法としての側面。

 

私、日名直道はどこか特定の宗教団体に属しているわけではありません。

10代の頃は多くの日本人と同じく自らが「無宗教」に属する立場だと考え、自分と宗教は全く無関係のものだと思い込んでいました。

10代も終わろうとしていたある日、自分の人生や思想を振り返ってみると自分の人生にも「ある種の宗教性」が根付いていたという事に気が付きました。

 

よく考えてみると私は祈りの習慣を持っていました。

初詣、お祭りの前の祈願。

知ることのできない未来が少しでも自分の思う通りになる様に祈っていたのです。

祈りを終えた後はなんとなく晴れやかな気持ちになっていました。

 

よく考えてみると私は宗教に影響された死生観を持っていました。

可愛がっていたペットが死んだ時、知り合いが亡くなった時、自らの死について考える時。

また生まれ変わるよ、天国にいるよ、いつも見守ってくれてるよ。

生きていく中で自然と培われた死生観は、知ることのできない死後を、死を思うとき抑えることのできない恐怖や悲しみを和らげてくれました。

 

その他にもジンクスを信じてみたり、占いを気にしたり。

死、生、人の気持ち、未来。

自分だけでは解決困難な問題に突き当たった時、知らずのうちに培われた宗教性が私を救っていてくれていました。

 

人は皆、解決困難な問題を乗り越えるために意識的にも無意識的にも宗教性を求めています。

宗教団体に属する人も、そうでない人も例外はありません。

全ての人が(宗教に)求めている共通の宗教性、これを「普遍的宗教性」と言います。

 

宗教団体に属する人、属さない人。

両者の違いは根拠としているものが「明確」か「曖昧」かの違いでしかありません。

 

大切なのはどの宗教の教えが正しい、間違っているという事ではなく、どの宗教の教えにも普遍的宗教性という共通点が存在するということです。

解決困難な問題に対処するという側面を持ち合わせているのです。

思想が違ってもそこに集う人の気持ちは同じなのです。
共通点が存在するならばそれを元に理解を深め、時には足並みを揃えて社会的問題を解決するために協力できるのではないか。
私はそのための枠組みを作りたいと考えております。